幼少期から「こうなりたい!」「こんな感じになりたい!」といったイメージ像がありました。
それを親や友達に言ったことはないですが。
幼少期のころはごっこ遊びの延長みたいなものだったかもしれませんね。年齢的にも。仮面ライダーやらドラゴンボールとか。
それがいつからか、だんだんと現実的な姿になっていきました。
大学生のころにはある程度、思い描く姿ができていました。
私の場合は、
・30歳までに子ども2人いるイメージ(現実は31歳になる直前に2人目)
・バリバリ仕事してないイメージ(笑)
・事務所を借りているイメージが付かなかった
・平日に車に乗って出かけているイメージ
・時間に追われてない生活を送るイメージ
・きちんと稼ぎはあるイメージ(具体的な数字はそのときは分からずテキトー)
だったような。
税理士法人や大きい組織でバリバリ働いている姿はどうも想像できなくて。
当時付き合っていた彼女が「私は都心のオフィスでバリバリ働いているイメージがある」と言っていたことを今も覚えています。
バリキャリ志向でした。
そのときの私の回答は「俺は〇〇(彼女の名前)が働いてるときにコーヒー飲んで一服してるかな~」でした。※タバコは吸いませんが表現のアヤです。
私はバリキャリ志向ではなかったです。
あれから18年くらいでしょうか。
思い描いたイメージ像は叶っています。
ちなみに叶うは口にプラス、吐くは叶うにマイナスを付けたもの。
言葉のチカラってありますね。
犬が2頭いる生活になっているとは思いませんでしたが(笑)
想像、イメージング、潜在意識とでも呼ぶのでしょうか。
そのときに具体的は方法は考えていません。
学生で社会経験もない中で、具体的な方法まで考えるのは可能性を狭めてしまうだけです。
具体的な方法を考えられるくらいだと、背伸びして届く目標です。
上記に列挙したことは今でこそ背伸びして届く目標ですが、学生時代の私にはなかなかハードルの高い目標だったかと。
だからこそ、その目標に向かって進むことができたと思っています。
欲を言えば、もっと大きな目標を掲げておいても良かったかなと。
今からでも遅くないので、周りから見れば「そんなのムリでしょ」くらいの大きな目標をぶち上げたいですね。
子育てにも言えることです。
・そんなのムリだよ
・うちは貧乏だから
・ムダだから
と否定的な言葉をかけると、可能性を自然と閉じます。